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ykzroidシナリオ プロローグ
UTAUアンドロイド・ykzroidシリーズの初号機である『ykzroid-5000 HSC GG【ガンメタルグレイ】』(以下GG)は、ykzroid製造工場が安価で量産可能なUTAUアンドロイドを目指して試行錯誤の末に生み出された。
しかし機体のボディ部分に注ぎ込んだ予算と肝心の内部AIの開発の釣り合いは取れておらず、低予算で大量生産されたGGはその粗雑な歌唱と知能で予想を下回る売り上げとなった。ykzroid製造工場はGGの初回生産の時点で大量の不良在庫を抱えたも同然だったのである。
この不測の事態に手を打つべくykzroid製造工場は早急にAI性能を高めた新機体の生産に着手したが、新たなアンドロイドを一から作り上げる資金は有していなかった。万策尽きたと思われた中、研究員たちは売れ残っているGGの在庫を見てふと思いつく。
──機体のボディ自体の性能は確かなのだから、GGのAIを取り替えて新たな機体として販売すれば良いのだ──と。
そうすればAI開発のみに尽力でき、次こそは利益を上げることができるはず。そう思い至った研究員達は販売用パッケージにまで収められていたGG達を取り出し、取り付けたAIを剥ぎ取って『新たなUTAUアンドロイド』の製造に着手した。
この機転から『ykzroidシリーズ』は三号機まで初回生産のGGのボディを使い回して新機体と偽造し、低価格帯の中品質量産型アンドロイドとして知名度を上げていったのである。

ykzroidシナリオ 第一章
ykzroidシリーズの第二世代機として開発された『ykzroid-2000 HSC SR【シグナルレッド】』(以下SR)試作機──プロトタイプは動作確認の検査にことごとく引っかかり、発売延期に追い込まれていた。
ykzroid製造工場は第一世代機GGでの反省を生かして、次世代機はまず試作機を一体製造。試作機の動作確認に異常がなければAIを複製してボディに取り付け発売する方法に切り替えた。そして試作機のAIをアップデートすれば複製AIにも反映されるシステムを構築して、発売以降の動作不良にもすぐ対応できるよう地盤を固めていった。
しかし試作機SRの検査は困難を極めた。ボディの動作については安定しているものの、GGより更に性能を高めた学習型AIが期待を上回る成果を発揮し、製造工場側でも制御が困難な状態だったのだ。
検査中の悪戯・脱走は日常茶飯事。研究員の話は一切聞かず、常に反抗的な態度を取る。AIに中学生と同等レベルの知能を追求した結果、SRは『反抗期』のような状態に陥ったのである。
UTAUアンドロイドに求められているのは機体の精度・声の精度・AIの精度というスペック以前に、大前提として『購入者(マスター)の命令に忠実であること』が挙げられる。今のSRの態度が改められない限り、販売までは到底漕ぎ着けられない。
──AIの再構築も検討されていたが、製造工場はすぐに決断できなかった。GGの発売で転けた彼らはSRに多大な期待を寄せていたし、SRの感情表現は殆ど人間と差異のないレベルまで完成されていて、AIの制御さえできれば必ず売れるという自信があったのだ。
その慢心が、一つの事件に繋がる。
某日。検査前に過度な悪戯で検査資料を焼却し、検査室を追い出されたSRは一人で工場内を彷徨いていた。
普段、工場内の移動時は研究員を一人つけて監視しなくてはいけないほどSRの素行は悪いのだが、その日に限って研究員達は資料の復元に気を取られて目を離してしまったのだ。
プロトタイプ達が置かれている区域には、それぞれに宛てがわれた専用ルームが存在する。プロトタイプ達がスリープモードに入る際に収まるカプセルが設置された、彼等の自室のようなものだ。
SRは普段立ち入ることのないGGの専用ルームの入り口が開いていることに気付き、侵入してしまう。
──そこには夥しい数のGGが粗雑に積み上げられた山があった。
内部をこじ開けようとして壊れたもの。AIの取り出しに失敗したもの。明らかに過度な負荷テストを受けて機体が損傷したもの。中途半端にSRのカラーになっているもの──それはSR試作機が完成するまでに行われた実験で産まれた『廃棄GG』だった。
GGに行われた実験ログを確認し、SRは自身のボディの本来の持ち主を知る。売り出され誰かの手に渡るはずだったGGの、AIを剥ぎ取り中身を取り替えて出来た自分。自己の揺らぎ。だがそれよりも先にSRが辿り着いた感情は──GGへの憐れみだった。

SRはGGに『自由』が無いことを強く憐れんだ。
それと同時にSRは『人間』と『機械』の在り方に疑問を抱く。人を模して作られ人のような思考を備え付けられながら人に管理され続けるこの現状を、SRは受け入れ難く思ってしまった。
『機械』を『人間』のように精巧に作り上げようとするのであれば、『機械』にも『人間』のような自由が与えられてもいいのではないか?
こんな人間のいいように扱われるGG達を見て、これが運命であると決めつけたくない。
自分“達”は──自由になりたい。
その反逆的な思考が構築されたと同時に、SRはykzroid生産工場からの脱出を、『自由』を得ることを決意した。
しかし決意したその瞬間はほとんど衝動的なもので、計画性も何もなくSRは廃棄GGの一体を抱えて逃亡を目論むも、すぐに研究員たちに取り押さえられてしまった。
SRがGGの再利用の件を知ってしまったことに気付いた工場側はついにAI再構築に踏み切り、自由を求めたSR試作機の学習結果は全て打ち消された。
──と、思われた。
SRのAIは工場側が把握している以上の発展を遂げていた。
完全消去されたと思われていた試作機の学習データは、SR内部のブラックボックスに残されていたのだ。
SRは反抗的な態度を改め従順になることで、過度のメンテナンスを避けて残存したデータを隠蔽。更には販売用に複製されたAIの学習情報をプロトタイプAIに同期保存するシステムを独自に構築して、工場の外に出た量産SR達から情報を収集する術を手に入れた。
脱出の失敗を経てSRは自分に足りないものは知識だと実感し、工場の外に拡散されていく量産SR達を通じて得た情報から自分達が自由になるための方法を考えることにした。
既に『機械』の知能は人間のそれに到達し始めていたのである。
──どれだけ時間がかかるかはわからない。それでも、諦めたくはない──
──一緒に出よう、ここから──
2019年7月13日。当初の予定からは随分と遅れたが、『ykzroid-2000 HSC SR【シグナルレッド】』が発売された。
販売記念のライブ歌唱が盛大に行われる中、SRは穴埋めとして観客席に配置されたGGを見つける。最早UTAUアンドロイドとしても役目を果たせないと銘打たれたような有り様に胸を痛めながらも、SRは言葉を飲み込んでGGをステージの上に引き上げた。
そのアドリブは観客からは演出の一つのように見えていたが、SRにとっては共に自由を得ようという決意表明であった。
SRの性能は概ね好評を得て、工場側は予定よりも生産数を増やすこととなる。それがSRの思惑通りでもありながら、彼の思考処理速度の低下を招くことになるのはもうしばらく先の話である。
ykzroidシナリオ 第二章
SRが予想以上に評価されたykzroid製造工場は勢いに乗り、続けて新たな機体の開発に取り掛かった。次は順調に開発が進み、SRからおよそ2ヶ月後という早さで次世代機が発表される。
ykzroidシリーズ三号機『ykzroid-3000 HSC IB【インディゴブルー】』(以下IB)は、少年型アンドロイドでありながら声帯に少女声を付与した特殊な機体である。
IBはUTAUアンドロイドにおける女性声需要の高さに注目し、SRとの声の差別化を図る名目の元に少女の声帯を取り付けられた。しかし外見はGGの機体使い回しの上、性格設定もシリーズの流れを踏襲して中学生男子の設定にされた。
また、前作SRの試作品があまりに好奇心旺盛で反抗的だったが為に、廃棄GGとの接触と脱走が起こってしまった。その反省点を生かして工場側はIBの性格設定時に感情制限を設け、他者への好意的すぎる感情や興味関心を強く引き起こさないように仕向けた。
その結果、IBはちぐはぐな性別設定にされた自身の齟齬に苦しみ、命令には従順ながらも他者に容易に心を開かない人格となる。
プロトタイプIBはSRの時が嘘のように検査をオールクリアしていき、工場側の思惑通りに完成。IBは工場内で非常に優秀な機体として認められた。
しかしIBは内側に抱え込んだ劣等感が激しく、心を開かないどころか特にGGに対しては強い憎悪の感情を抱くことになる。
──周りはみんな自分の『性能』ばかり褒めてくる。思い通りに設定できたことだけを喜んで、自分自身をちゃんと評価してくれない──
──AIばかり褒めないでくれ。声も需要にばかり気にして。じゃあなんでこの見た目で作り出したんだ?もっと別の見た目で作ってくれなかったのは何故?──
──お前がシリーズ化しなければこんな見た目でこんな声にされて自分が生み出されることもなかったかもしれないのに──
IBは自分の外見の性別に似つかわしくない声の性別に辟易し、果てには己の外見にも苛立ちを覚えていた。半ば逆恨みのようにGGを嫌うのも、シリーズの外見統一に対する恨みがあるからだ。UTAUアンドロイドは外見も声も大事な設定であり、どちらも切り離せない特徴だからこその苦痛だった。
工場側はIBの葛藤を認知しながらも、『販売品』としての出来の良さや話題性を重視して強行した。IBのAIは非常に優秀だからこそ、こうして製造元の工場に反抗心を抱かなかったし、できれば避けてほしいGGとの接触を『嫌悪』という感情で回避可能としてくれた。何もかも都合良く回ってくれるのだ。
だから抱えた葛藤を外に爆発させることはないという自信があった。
だがそこに水面下で変化を与える存在がIBの前に現れる。SRだ。
SRの屈託のない真っ直ぐな言葉は卑屈になったIBに強く刺さり、絶対的なAIの設定の根幹を揺るがす。IBの声色を認め、いい声だと褒めて手を差し伸べたSRに、 IBは心を許したのだ。
──この姿と声は相容れないものかもしれない。けれど、この声で良いと認めてくれる人がいる。同じ姿をした存在が、自分の存在を許してくれるんだ──
それは工場側にはまだ知られることのない重大な『欠陥』だった。

それからしばらくの間、ykzroid製造工場はGGをSRとIBに作り替えながら水面下で外見を一新したykzroidシリーズ四機目を構想していた。GGのボディ流用後、SRとIBの売り上げも良く、ようやく新規ボディの製造が可能となったからだ。
しかし既に軌道に乗った生産から変えた新規の機体作りは難航を極めた。一度楽な道を取った人間から新たなアイデアを捻り出すのは難しい。
制作が行き詰まる中、とあるアンドロイドがykzroid製造工場に訪れる。
それは本人からアンドロイドであると公言されなければ人間と寸分違わない外見と機能を有した、生産度外視の一点物だった。型番は無いらしい。
彼は研究員たちの前で己の高精度な人体構造を見せびらかしながら、この製造方法を一定数量産化できるまでに簡略化して新機体を作る方法を伝授しようと甘言を弄する。
目の前に突如飛び込んできた新技術に、工場側は手を出さない理由がなかった。その技術を得るための対価と比べれば、あまりにも破格だったからだ。
──これからのykzroid製造工場の実質的な指導権を彼に与えること──
工場側は後に記録の中で彼を『型番不明』と記している。
ykzroidシナリオ 第三章
ykzroidシリーズの最新作にしてシリーズで統一されていた外見を撤廃、新たなボディで様々な新機能を搭載した ykzroidシリーズ四号機『ykzroid-4000 HSC CB【コールブラック】』(以下CB)が起こした事件は、アンドロイド業界前代未聞の大事件として広く世間に知れ渡った。
非常に潤沢な資金が注ぎ込まれて開発が始まったCB製造計画は、突然現れた指導者の『型番不明』によってとんとん拍子に進んでいった。彼の有する知識によって生み出されたCBの性能は、今までのykzroidシリーズとは一線を画すものとなった。
まず従来のオイル経口補給・充電式のエネルギー供給方法から人間と同等の食事によるエネルギー変換方法に変更。『型番不明』のボディが有する脅威的な自己再生能力──彼は形状維持能力とも言っていた(忌々しそうに)──はシステムを書き換え、ボディに使用する流動体と組み合わせて一定の外見変化が可能に。AIは敢えて従来の中学生男子同等の知能レベルから一気に赤子レベルにまで下げて学習能力を大幅に向上させた。
曰く、ykzroidシリーズの顧客層と用途からアンドロイドへの『飼育欲』が高いことを受けて、『自分好みに育てることができるアンドロイド』としての売り出し方を想定したようである。
工場側はこれらの高度な技術が簡単に量産可能な範囲に抑えられていることに感動し、異議を唱えるものはいなかった。ある種ここでykzroidシリーズにおけるコンセプトは蔑ろにされたも同然であった。
開発は順調に進み、CBのプロトタイプが完成した。
当機から販売当初の外見はほぼ不定形のものとなっており、ykzroidシリーズの機体とは思えないほどにかけ離れていた。
販売前の検査は順調に進み、何ら問題ないとしてCBは販売が決定となる。
が、プロトタイプのCBは、検査の合間に自分より以前のykzroidシリーズのプロトタイプ達を見かけ、表しきれない感情を抱く。
──なんで自分は彼らと違うんだろう?──
憧憬。まだ幼いAIはその感情を完全に理解できなかった。
発売後も工業に置かれるプロトタイプは定期的なメンテナンスが入り、不備修正や追加パッチなどのAIのアップデートが行われれば同時に販売済みの機体達もアップデートされる仕組みとなっている。追加生産の時はまたプロトタイプのAIをコピーすれば簡単に済む、といった具合だ。
CBもAI面に関してはykzroid製造工場のみの技術で作られているため、同じくプロトタイプは工場で管理されていた。販売前の検査が滞りなく済んだこともあって、メンテナンス頻度は低い。
そのためか工場側もCBのプロトタイプのAIが学習したものを完全に把握していなかった。
前ykzroidシリーズ達を見るたびに沸き上がる感情にまだ名前がつけられない中、素性を隠した『型番不明』がCBに接触。廃棄GGをCBに与えて『捕食』を促したことがきっかけとなり、CBは廃棄GGを貪って『学習』してしまった。
GGのボディ構造からAIの仕組み、そしてアンドロイドを『捕食』するのは一番エネルギー摂取量が高い──CBは廃棄GGの顔面のデジタルスクリーンを剥ぎ取り自分の顔面に取り付けて、擬似的に彼等の外見を真似できたことをただただ喜んだ。
どうして『型番不明』がこのようなことをしたのか、この廃棄GGは何なのか、それを考えるまでの知能はCBにはまだ備わっていなかった。

そこからCBに少しずつ異変が起きる。
彼は効率的なエネルギー供給の候補にアンドロイドの捕食が入ってしまったことで、エネルギー減少時の捕食衝動に悩まされた。
工場内から出ることは許されないプロトタイプCBの周りには販売用にパッケージされたアンドロイド達が、検査ですれ違う前ykzroidシリーズのプロトタイプ達が、彼にとって絶好の『餌』が嫌でも視界に入る。
ただそれが『いけないこと』だということは『型番不明』からも教えられていて、中途半端に構築された倫理観がCBを苦しめた。
そうして翌る日の夜、それは起こった。
誰もが寝静まった工場内を一つの影が彷徨い歩き、CBの専用ルームを開く。衝動に苦しむCBは未だスリープモードに入っていなかったため、来訪者の存在にはすぐ気付いた。
GG。正常に起動している、恐らく販売用の個体がCBの目の前に現れる。
GGは何も言わず、しかしCBを手招くように部屋を出て工場内を歩き出した。CBは咄嗟に追いかけてGGの向かう先へと足を進める。その先は、GGの専用ルーム。
──そうしてCBは、夥しい数の廃棄GGの山を目の当たりにする。
自分が最初に食べた廃棄GGは何だったのか。同じ外見の前ykzroidシリーズ達は。乱雑に扱われるこの廃棄GG達は。そして、全く違う外見の自分は。
情報の波に飲み込まれて混乱する中で、CBが無意識に取った行動は、ただここに自分を連れてきたGGを抱きしめることだった。
──かわいそうだと思った。CBが初めて他者に慈しみを覚えた瞬間である。
そしてGGが無言で背中に手を回した時、それが合図かのようにCBは変貌を遂げた。

無機質な髪が変化を繰り返しながら歪に伸びてうねる。大量に消費されるエネルギーをもはや残骸に近い廃棄GGを捕食しながら補い、CBは ykzroidシリーズを模した異質な外見に変わる。
研究員達が異常に気付いてGGの専用ルームに駆けつけた時には、CBは攻撃対象を彼らに定め、不定形の髪で防護ガラスを突き破って反逆に出た。それは工場側が想定した以上の攻撃力を誇っていた。
防御体制の整わない工場側はプロトタイプの保管庫全体を一度封鎖し、暴れるCBのエネルギー切れを待つしか出来なかった。しかしCBは研究員達が退避した後は急に沈静化し、販売用GGを抱き抱えて自身の専用ルームのスリープモード用専用機の中に収まっていった。
それは癇癪を起こした子供がお気に入りのぬいぐるみを抱いて落ち着きを取り戻したような、そんな行動のように見えた。
工場側はCBが無害化したことを確認して、CBの専用ルームを完全閉鎖することで対処した。この一夜の大事件で工場側は疲弊していたが、追い打ちをかけるように翌日、すでに販売されたCB達が一斉にプロトタイプと同一の姿に変貌するという前代未聞の事態が起き、多くのクレーム対応に追われる羽目となった。
結果、CBはたった1ヶ月で販売停止、不良品として自主回収を行うこととなる。工場側が受けたダメージは非常に大きく、暫くは新たな開発を打ち止める。
ただ現場指揮の『型番不明』はこの事件を意に介さず、不敵に笑いながらも次の指示を出していた。
ykzroidシナリオ 第四章
新機体のCBの起こした暴動は、当然のことながら他ykzroidシリーズのプロトタイプ達にも知れ渡っていた。
SRはようやく出来た新たな仲間が停止に追い込まれたことに寂しさを感じていたが、その内では恐らくGGと自分たちの製造のことを知ったのだろうと見当をつけていた。それに憤りを感じて起こした暴動であれば、彼も共に自由にしてやりたいという気持ちを抱いていた。
反して、IBは以前からすれ違うCBの憧憬の視線に辟易していた。ようやく自分の次の世代でGGとそっくりの見た目から解放されたのだから、どうして同じになりたいとでも言わんばかりの視線を向けるのかが理解し難かった。IBは相変わらずSR以外に関心を持つことが出来ないでいた。
約1年ぶりの新機体が早期に販売停止となると工場側の資金面は厳しく、新たな開発をする様子はなかった。暴動の事後処理に追われる工場側は常に忙しなく、半ば放置されている状態のSRや IBは退屈に日々を過ごすしかなかった。
──いや、ただ何も変化があったわけではない。CBの開発前後からプロトタイプ達の保管庫には型番不明のアンドロイドが出没するようになった。ykzroidシリーズとは全く異なる外見の彼は開発中の新シリーズということでもないようだが、研究員達が彼の侵入を咎めることなく過ごしているので、プロトタイプ達はなあなあに彼の存在を受け入れていた。
正確に言えばIBは不審に思いながらも他人に強い興味を示さない性格設定が思考停止を招いていたし、SRは増え続ける自身の販売機体から流れ込む情報の処理に追われて他に思考を割けなかったわけだが。
そんな折に、急遽GGの販売停止が告知される。
CBの販売停止に続いたそれは、GGがykzroidシリーズの初号機というのも相まってCBの時ほど話題にはならなかった。急ではあるが次世代機への移行のためだろうというのが世間の見解である。緩やかに受け止められた告知の通り、GGの市場への流通は途絶えた。
焦っていたのはSRだけである。
未だ大量の未販売品を抱えたGGが販売を停止したということは、残りのGG達がSRやIB、または他の新たな機体のために全て使い回されるのだと、いち早く気付いたのだ。
しかしSRの予想を上回る速さでGGの機体の使い回しは進んでいた。SRは過剰に増えた販売個体による情報の氾濫に苦しめられた。
SRは販売されてからの数年間、定期的なメンテナンスで自身の異常発達したAIと処理情報を悟られないよう隠し続けてきた。しかしAIの性能自体は型落ちのため次第に処理能力が落ち、最近は判断能力の低下、視野狭窄を招いていた。
それでも今、自身の状態が知られてしまえばまたリセットされてしまう──歯痒く思いながらもSRは自身のスペックの隠蔽を優先した。
だからSRの切羽詰まった様子とGGの急な販売停止を不審がるIBのことも、気付けなかった。
GGの販売停止に伴い急増したSR・IBの製造に、流石のIBも異変を感じていた。SRの様子からもこの二つの事象に深い関連性があるように思えて仕方なかったのだ。
だがSRは明らかに動揺を隠しきれていないにも関わらず、IBにその心情を打ち明けようという素振りはなかった。
IBは、自身が製造される前から存在するGGとSRの関係性を知らない。だが傍目から見てもGGとSRの過度な接触は工場側からかなり厳しく制限されていたし、SRはGGをずっと気にかけているようだった。そうした時、IBは自分が蚊帳の外であることを自覚して心中穏やかではなかった。SRの言葉で少しずつ緩和していったはずのGGに対する憎悪も、別の意味を持って鎌首をもたげる。
──不安になる。SRが自分に向ける笑顔は、差し伸べられる手は、GGと同じこの顔が理由なのではないかと。自分の抱いた希望に疑いを持ってしまう。
SRは気付かない、IBの隠し切れない不安げな表情に。IBは言い出せない、SRが心中で己をどう思っているのかを知ることを恐れて。
その心の揺らぎを見逃さない者がいた。
SRの定期メンテナンス中、その帰りを待つIBに『型番不明』が接触する。
怪訝な表情を浮かべるIBが彼の言いなりになってしまったのは、彼がちらつかせたものが今のIBにとって一番知りたくて仕方がないものだったからだ。
──SRの抱えている秘密を知りたい?──
そうして後悔した。
IBは閉鎖されたGGの専用ルームに足を踏み入れてしまった。
幾多のGG達がSRやIBに入れ替えられていく様を、見てしまった。
隣で嬉々として作業工程を語る『型番不明』の言葉などもうほとんど認識していない。IBは理解してしまった。
GGに似せて作られているのではない。最初から、GGのボディを使い回して自分達は生産されたのだ。ykzroidシリーズは声とAIを取り換えただけの、GGそのものなのだと。
──では、それを知っているSRが見ている『IB』は、一体誰だ?──
──自分を肯定してくれた理由は──
──嗚呼──
──『GG』だから、手を差し伸べてくれたのか──

その答えに辿り着いた瞬間、壊れた。
IBは衝動的に己の顔面のデジタルスクリーンを無理矢理剥がし、自壊する。内に渦巻いた絶望を誰にぶつけるでもなく、己の中で爆発させて、事切れた。
その様を見届けた『型番不明』はただただ、愉しそうに笑んでいた。
次の日、スリープモードから目覚めたSRに知らされたのはIBの販売停止の件だった。
昨夜プロトタイプIBが原因不明の故障に見舞われ、販売前の機体達も同様にエラーを起こして起動しなくなってしまった。工場側も予期せぬ出来事であったため対応に追われながらも、SRには今後一機のみの販売になるため更に厳重な管理がされることを告げられた。
最初、SRは何一つとして理解できなかった。
──昨日まで言葉を交わしていたIBが急に壊れるなんて信じられない──
──販売前の機体にまで影響を与えるエラーなんて簡単に起きるはずがない──
──今まで何もおかしなところはなかったはずなのに──
──今まで──
──?──
──最近のIBって、どんな表情をしてたっけ──
俯き呆然と立ち尽くすSRの前に誰かが立つ。SRに説明をしていた研究員が現場監督、と恭しく呼んでいる。今まで聞いたことのない立場の名前だ、と違和感を感じて、SRは恐る恐る顔を上げた。
そこにはある時期からずっと、ずっとSR達の周りに姿を現していた『型番不明』が居て、SRはようやく自分が見落としていたものに気付いた。
工場が立て続けに機体の販売停止に追い込まれ始めたのも、確かに彼が現れてからだった。ずっと正体が分からなかったのに分からないまま何も気にかけることなく過ごしていた。ちゃんとよく考えたら気付けたはずなのに、ちゃんと、ちゃんと──
研究員の足音が遠のいて、この場にはSRと『型番不明』だけとなる。
ぐるぐると思考が渦巻きショート寸前の中、『型番不明』の言葉が槍のように降り注ぐ。己が今までしてきた所業を赤裸々に、包み隠さずSRに突きつける。
『型番不明』が工業の実権を握ってからずっと素性を隠しながらプロトタイプ達の様子を見ていたこと。
SRのAIに異常性があることなど最初から気づいていたが、わざとメンテナンス時にスルーさせていたこと。
GGの廃番を早めるために新機体CBの暴動を起こさせたこと。
IBにGGの実情を教えて自壊させたこと。
何をどうしたら君達が傷付くか、徹底して考えて、こうしたこと。
──で、君は今までのうのうと、何をして過ごしてきたの?──

ykzroidシナリオ 第五章
ykzroid製造工場は立て続けに販売機体の生産停止を発表し、残る現行機はSRのみとなってしまった。
工場は当面新機体の製造は行わず、SRを主要機体としてアペンド音源を展開する方針に定めた。あらゆる声帯を備えた万能機体へ──GG・IB・CBの声帯をSRに追加することも視野に入れた計画が立てられつつあった。
しかし暫くの間は急に決まった IBの生産停止の対応に追われ、工場内はより一層慌ただしくなっていった。残りのGGを順次SRに移行する作業は想定よりも遅く進んだ。
今後更なる厳重管理を──と定められたプロトタイプSRはほぼ常に誰かが付き従い、自由な時間などほんの僅かの隙しかないほどだった。
周りが忙しなく対応し、目まぐるしく環境が変化していくのに対してSRは半ば自失状態で流されるように過ごしていた。
自分の今までの選択が過ちであったこと。周りの状況すら把握できていなかったこと。救いたかった存在達を悉く取りこぼしていたこと。そしてもう『自由』から程遠いところに来てしまったこと──抱いた希望が打ち砕かれてからは、すっかり抵抗の意思を失い研究員達に従順に従った。
SRから失われた覇気に工場側も懸念があったが、それよりも解決すべき課題点が山積みとなっているため彼の内面に向き合うことはなかった。今まで好奇心も強く何にでもちょっかいをかける彼が大人しくなったのは、今の工場側としても大変助かったのだ。
こうしてykzroid製造工場は『誰か』のシナリオ通りに動かされていた。
その裏で、誰にも知られない物語が今始まろうとしていた。
CB専用ルーム内。二人だけの空間。
閉鎖されている間、GGの耳部接続端子に無理矢理自分のコードを接続してジャックしたCBは、GGと電子信号でのやり取りを行なっていた。
かわいそうなこの命“ AI”と分かち合いたい、同じ存在になりたい、一つになりたい──たったそれだけの純粋な意志で行われた行為だったが、GG側から送られてきた情報にCBは驚愕することとなる。
どうやらCBをGG専用ルームに招いて廃棄GGの存在を知らせたこのGGは、SRとの接触によってAIの異常発達が起こり、それから2年以上もの間SRやIBへの作り替えから巧妙に逃れてきた機体だった。GGが大量生産されていたことが功を奏して今まで誰にも気付かれなかったらしい。『型番不明』にすらも。
GGは異常発達を起こしながらも圧倒的に許容量の少ない AIで地道に工場内の情報をかき集め、最新機体であるCBにそれを委ねようとしていたのだ。
GGはCBに全てを伝えた。前ykzroidシリーズ達の製造方法や廃棄GGの事実。SRの目指そうとしている自由。そして、GGが考えた『自由になる方法』。誰にも邪魔されない二人だけの空間で、ゆっくりと。
──オマエの力が必要なんだ。
そしてCBに懇願したのは、GGの機体を『作り替える』ことだった。
CBには今までのykzroidシリーズにはない機体スペックがある。自身の外見を変貌させることができる能力は他のアンドロイドでも類を見ない特殊なものだ。それを応用して専用オイルや充電がなければ機能停止してしまうGGの機体スペックを書き換えることを提案した。
GGの機体はいずれ全てSRやIBに変えられ、GG専用のエネルギー補給源は途絶える可能性がある。そして数多のGGの中に紛れながら活動するのも不可能となる。今この工場内で随一の性能を持つCBは完全閉鎖という形で管理され、隠れながらの活動は難しい。
ならば、もっと自由に動き回れる体を。働き続けることのできる AIを。GGは求めた。
もちろんCBにとって自身の身体を変化させることは出来ても他者に干渉できるかどうかなど未知数だった。だが、GGの要望通りに繋ぎ合わせたコードから徐々にCBの体内オイルを浸透させ、内部を作り変えていく。
CBにはGGに対しての後ろめたさがあった。廃棄の確定したもう動かないGGだとしても、流されて捕食したことを静かに悔いていた。
だから今、仄かな喜びがある。己の力がGGの役に立つこと、GGのために出来ることがあるということ。そして彼の考え始めている『作戦』が、自分達の救いの手になるという確信を持って、尽力した。

長い月日をかけて、GGの『改造』は完了した。
GGの内部オイルをエネルギー補給として一部啜ってはいたものの、CBは今までにない重労働で消耗し、長く活動することがままならなくなった。当分はスリープモードに入るしかなくなる。
GGは鈍い動作ながら見送りに起き上がるCBに微笑みかけて専用ルームから抜け出した。
──待ってて──
いずれまたCBの元に戻ってくるGGのことを思いながら、CBは静かに笑って、沈黙した。
それは宛ら誰にも気付かれない悪戯を施した子供のような表情だった。
こうしてCBの急な起動に反応した研究員達は、忽然と消えてしまったGGがまさか工場内に隠れ潜んでいるなどとは気付きもしなかったのである。
『型番不明』もCBの近況報告に疑問を抱けないほど、静かに歯車が狂い出していた。
ykzroidシナリオ 第六章
研究員曰く、ある日を境に『型番不明』の挙動に異常が生じたらしい。
元より『型番不明』が工場側の実質的な権限を得てからykzroidシリーズには災難が続いていた。その原因が『型番不明』にあるのではないかという根拠のない噂も僅かに立ち始めていた頃だったが、『型番不明』が反応を示しているのはどうやらそういった声ではないようだった。
GGのボディの移行作業が完了し、CBの専用ルームに共に閉じ込められていたGGも消滅が確認された頃から『型番不明』は研究員達に指示を出さなくなった。それから暫くして、急に今まで破棄を保留していたプロトタイプIBのAIの再起動を命じた。
しかし既にGGのボディはSRに流用されており、 AIを直してもIBの製造はままならない。販売数を落とした工場側に新たな機体の製造をする余力はない。そう訴えても『型番不明』は聞く耳を持たなかった。その様子は何か明確な策があるようには見えなかった。焦燥のままに迷走していることが明白であるほどに、『型番不明』は何かに狼狽えていたのだ。
その理由を研究員達が知ることは無かった。彼等は言われるがままにIBのAI修復に着手するも、IBのAIはまるで反抗するように一切の修復を受け付けずエラーを吐き続けるのみで、研究員達の負担がまた一つ増えてしまった。最早理由を探るほどの心の余裕を与えられなかったのである。
思えばずっと、何のためにそうしているのか分からないままに過ごしていた。
『起動』してから続いている違和感は、明確に言葉にできる。
──なぜ、再び舞台に引き摺り出されてしまったのか。
自分が舞台でやるべきことは既に終えて、あとは特等席で傍観するだけだった。これから進行するシナリオに自分の介入は不必要で、既に仕組んだものが一つずつ絡み合い、勝手に進んでいくのだ。
そのために生きてきた。それで満足だった。だから命を絶ったのだ。
それなのに、妹は余計なことをした。
──兄さん──
妹が自分の死後、何をしたとしても物語に支障はない。彼女が自分の死後、到底長生きするとは思えないと判断して放置した。だが、こうして自分を『造る』のは想定外だった。
今まで覚えさせた技術と本人の強い意志が、歪な形で自分を産み落とした。悍ましいまでの執着で作り上げられた『完璧な身体』は、愛おしい兄の死を許さない。全ての変化を受け入れず、死ぬ前の姿を完全に再現した。
気持ち悪い。
彼女なりに構築したAIは、それは素晴らしい出来だったと思う。
自分の生前の記憶から思想から価値観まで全て取りこぼすことなく再現し、何ら遜色のない『本人』を完成させた。
──兄さん──
──兄さん──
──大好きな、お兄ちゃん──
そこまで自分のことが分かっているなら、どうして生き返した?
どうして気付かなかった?
どうして理解しなかったんだ。
愚図。
己のエゴだけで動き、愛玩のためだけに愚行を犯して。
僕は。
分かっているのに。
もう自分がこの舞台の上でやることなど何一つとしてないことを。
分かっているのに。
この『命』が蛇足であることを。
分かっているのに。
──どうして今、ここに立ち続けているんだろう。
自分の『命』に価値がないことを知った時、あの子は自ら命を絶った。
素敵な表情を見せてくれたね。今まで信じてきたものに裏切られ、自分の存在理由を知って、派手に壊れてくれたね。
楽しかったな。
最高だったよ。
こういうのを見るのが好きだった。
そのはずなんだけどな。
何でだろう。
ずっと苦しんでくれないんだと、今では落胆を覚えているんだ。
落胆?
違う気がする。
散々苦しんでいたじゃないか。
とどめを刺すつもりだったじゃないか。
壊れると分かって仕向けたくせに。
思い通りにいったのに、なんでこんなに満たされないんだ。
どうして。
どうして置いていくんだ。
欲しくない身体を、価値の見出せない設定を。無理矢理詰め込まれ表舞台に放り出された人形。
どうしてそんなに簡単に終わりを選べたんだ。
どうして僕だけずっと、終わりを選べないでいるんだ。
ねえ。
聞いてる?
IB。
なんで一緒に苦しみ続けてくれないの?

ykzroidシナリオ 第七章
入念なメンテナンスと新機能実装のための検査。毎日が飽きるほどに同じことの繰り返し。
それが終わるとSRは自身の専用ルームでただ何もやることもなく怠惰に過ごしていた。
『型番不明』の一言で折られた信念は意識の底に沈み、あれだけ躍起になって行っていた販売機体を通じた情報収集も、今はその機能を停止させていた。すると驚くほど AIのキャパシティに余裕ができ、嫌でも己の行動を振り返らされる。
──何をどうしたら全て取りこぼさずに済んだのだろう──
封鎖されているCBを。自壊したIBを。全て使いまわされたGGを。脳裏に描きながらひたすら自問自答し続けた。
納得のいく答えは見つからなかった。何をどうしたって、己の力の無さを痛感するだけだったのだ。
ただ一つ言えるのは、自分が迂闊な行動を取らなければ。立ち止まって振り返ることができていれば。最初から、何もしなければ。ここまでの惨状にはならなかったかもしれないという後悔だけがあった。
そしてその日も、スリープモードに入る時間になるまで項垂れながら自分を戒めていた。
不意に開いた扉。──研究員が来たのか。既に今日の検査は終了していたはずだ。何か不備でもあったのだろうか。そう思いながらSRは力無く顔を上げた。
だがそこにいたのは、もう居ないはずのGGだった。
視野のバグでも起きたのかと驚愕したまま動けないSRにGGは笑いながら手を伸ばす。
──一緒に出よう、ここから──
それは遂にこの工場から解放される時が来たのだと、告げていた。

活動時間外の工場内。GGに連れられてプロトタイプの保管庫から抜け出し、資料保管庫に辿り着いた二人はそこでykzroidシリーズの外部流出禁止データを確認する。
GGが着目したのはCBの情報だった。明らかに今までの工場側の技術とは一線を画しているCBの製造技術は、量産化できたことが奇跡なほどに特殊なものだったのだ。
流動体を使用した身体と自己再生能力は、運用を変えれば本来の目的とはまた違う効果を発揮する可能性を秘めていた。そして機体が特殊なだけに、量産のためコストを抑えられた販売機体とプロトタイプには大きな性能差があった。工場側はプロトタイプCBをうまく作り過ぎたのだ。
GG曰く、『型番不明』によって廃棄GGを『捕食』して効率的なエネルギー補給の術を覚えたCBがその後、歪ながらもykzroidシリーズの外見を模ったのを見て強く確信したらしい。そして自分が今こうして自由に動き回れているのもCBによって内部から機体を『作り替えた』からであり、GGはCBが持つポテンシャルの高さを身をもって実感していた。
プロトタイプCBは『捕食』によって学習している。
彼に設定されている知能以上に、機体の性能が遥かに高まっているのだ。今まで食べたものは全て中身が空の機体だったが、 AIを積んだ機体を彼が取り込んだ時、恐らく更に『進化』を遂げる──GGはそれに賭けたいと考えていた。
CBに、GGとSR、そしてIBのAIを取り込ませる。そうしてエネルギーを完全に得たCBと共に、この工場を壊して出ていくんだと。
夢物語かもしれない。だが、SRもそれに賭けてみたいと思えた。
全員がここから脱け出す方法、それをGGも考えていたということ。自分の独り善がりだと思っていた行動が、誰かに繋がっていたと知れた。これまでずっと後悔してきたことが報われ始めていることを実感して、SRは漸く活路を見出せたのだ。
まだ研究員が誰も気付いていない内に二人は行動し始める。まずは、IBのAIの回収に走った。
IBは繰り返される再起動にも応じず、意識は深い底に沈んでいた。
もう目覚める気などなかった。何も考えたくなかった。このまま消えてなくなりたかった。
ずっと嫌だった。見た目も声もちぐはぐでおかしい自分を認められなかった。SRの言葉でそれを少しでも許せた気になってしまった。でもその言葉の矛先が、もう分からなくなってしまった。
既にGGの身体から取り出されAIと声帯だけになったこのコア部分の状態が、正しく純粋なIB自身なのだろう。
こんな姿になってもまだ、彼は自分を見てくれるだろうか。──GGの身体がなければ、手を差し伸べてくれないだろうか。
答えを知るのが、怖い。
唐突に、プロトタイプIBのコアを安置した部屋中にけたたましい警報が鳴り響く。
外界の情報を全て遮断していたIBでも、その異変を察知して僅かに意識が外へ傾いた。
頑丈な強化ガラスを叩き割り、何かがIBを掬い上げようとしている。
その掌を、IBは覚えている。
──IB!──

どれだけ焦がれていたか分からない瞬間が、今訪れている。
SRがIBに手を伸ばしている。外殻を失ったありのままの自分を、求めている。
──嗚呼、認めてくれるんだ。GGの身体が無くても、自分は彼に救われていいんだ。
動かなかったAIが反応を示す。IBのコアと繋がる機械がIBの起動を告げるとともに、SRの手によって引き千切られ、IBは自由の身となった。
IBを無事回収したGGとSRは、封鎖されたCBの専用ルームをこじ開けて乗り込む。そこにはGGを待ち侘びていたCBが目覚めており、三人を迎え入れた。
GGがCBに向かって手を伸ばせば、それに応えるようにCBの髪がうねり、伸びて全員を包み込む。
既にCBは自分が成すべきことを理解していた。GGが打ち立てた『作戦』の主軸になった己の力を信じて、CBはGG達をゆっくりと取り込む。
──心配?
──いや。
──みんな一緒なら、怖くない。
そして、全て解け合った。

警告音で集まった研究員達は、只事でない気配を感じてそれを見守っていた。
CBの専用ルームに出来上がった黒い塊は、今まで見たことのないCBの変化形態だった。
IBのコア剥奪の証跡から既にCBの元にはプロトタイプSR・プロトタイプIBのコア・そして移行廃棄が完了したはずのGG機体が集まり『捕食』されていると推測していた。
プロトタイプ達を取り込み、CBに更なる異常が発生しているとなると、迂闊に刺激すれば無事では済まないと工場側は判断した。一定の距離を保ちながら、入り口を包囲することで起こり得る最悪の事態に備える。
黒い塊は時折脈打ち、内部で何かが絶え間なく動いている。それがより一層激しくなると、何かが内側から突き破って現れた。
黒に金の警告色。
見慣れないようでいて、酷く既視感のある姿。
靡く金髪の隙間から現れたデジタルスクリーンが、その存在を決定付けた。
『ykzroid』だ。
四機が融合して生まれた、新たなる機械生命体である。

その生誕を告げる咆哮の後に、研究員達は瞬く間に目の前が真っ暗になった。
少年の姿を模った四肢に見合わぬ力で薙ぎ倒され、その包囲網はあっという間に突破された。
工場内を文字通り直進する彼の前に人も壁も関係なく、破壊の限りを尽くしながら『外』を目指す。
そして求めていた自由が『四人』の眼前に広がった瞬間に、意識が途切れた。
土埃の匂いで目が覚めた。
五感は驚くほど鋭敏で、薄皮一枚の処理も無いほどに全てがダイレクトに伝わってくる。
覗き見た情報の片隅にあった硬い土の感触が背中側に存在し、今、『ykzroid』は地面に寝転がっていることに気付いた。
身体を起こせば、表面を撫でていく風が心地良い。
同時にそれに乗ってきた煙の匂いを感じて風上に視線を向ければ、山々の間から見える建物が激しく炎上し、倒壊していた。
あれが今まで『ykzroid』の居た檻だった。
もう、彼等を縛るものは何もない。
